国際居合道連盟 鵬玉会は財団法人 無外流に所属する団体で、「形ではなく、実戦において斬れる居合」を目指して日々鍛錬されています。京都 くろ谷金戒光明寺で無外流・天然理心流・北辰一刀流による共演を実現、また90年の歴史を誇る日本最高級の社交クラブ、東京アメリカンクラブの居合の師範として選ばれた方です。その鵬玉会を代表する武田様の執筆された会員向けの記事を許可を得て転載させていただきました。
What is 「斬れる居合」?
1「斬れる居合」とは何か?
「斬れる居合」という言葉だけが最近一人歩きしています。
言葉というものは不思議なもので、あいまいなまま使い方を間違えていくと劣化コピーしていくものです。
いわく「斬れる居合道」道は斬れません。「斬れる居合」の研鑽を積む過程で身につけられる何らかの精神的なものを「道」と言うのでしょうから、これは技術ではないということでしょう。
いわく「斬る居合」これはおそらく斬るよ、ということでしょう。ここには「斬る」という事がらだけが示されており、居合との関係は不明です。考えずに真似だけしたので魂が抜けてしまい、劣化コピーになってしまったのだと思います。
2.「斬れる居合」には哲学がある
「斬れる居合」という言葉は、私の師であり、この10年以上個人指導をいただいた、無外流明思派 新名玉宗宗家の提唱した言葉です。昭和58年に三菱重工を辞めて一門を率いて以来一貫した言葉だと言います。この言葉は「居合とはなんだろう?」というテーマを突き詰めたという「哲学」が込められています。
(詳しくは、無外流居合 鵬玉会 夢録二を参照してください)
3.「居合」とは何か?
その答えは「居合の本義は抜刀の一瞬にあり」という言葉の中に隠れていると思います。
まず第一に居合の根本、最も重要なものは抜刀の一瞬、抜き打ちにあるというのです。抜刀の一瞬が居合である、ということは、抜き打ちでなければならないということです。
次にその一瞬が居合であるなら、失敗したときの二の太刀、三の太刀など本来関係ありません。その抜き打ちの初太刀だけが重要だ、というわけです。さらにそれが無外流であるためには、無外流の形で斬れるのか、が問われることになるでしょう。円要なら振り返った瞬間に間合いを読まなければなりませんし、廻り懸かり、右の敵なら、ちらりとも見ずに進み、敵を目視した瞬間に間合いを判断しなければなりません。
この抜き打ち、しかも初太刀だけ、さらに無外流の形で、という3つを追求してこそ「(形のまま)斬れる居合」なのだと、もうわかることでしょう。居合にとって、最も重要なことがこのたった5文字にこめられているのです。なんと深い5文字なのでしょう。
おそらく新名宗家は「居合とは何だ?」というテーマを、人生を賭けた課題として考えたのでしょう。だからこそ、生まれた言葉なのだと思うのです。
4.鵬玉会はこの5文字にこだわる
もちろん居合であれば、本当はどんな流派、会派も斬れるはずです。そうでなければ、新名宗家がおっしゃるところの「斬れない居合はただの踊りだ。踊りなら芸者の方がうまい」に堕してしまうからです。
しかし今では、斬ることをよしとしない流派もあるでしょう。それはそれでいい。私は否定はしません。また初太刀にこだわらず、二の太刀どころか、三の太刀、四の太刀を入れる人もいる。でも居合は初太刀であるなら、それ以上は私たちにとっては、「曲芸」になってしまう。それは好む人、好む流派、好む会派にまかせればいい。
私たちがそれをやる理由がありません。
鵬玉会は劣化コピーではいけない。
まずこだわるべきは技術です。無外流のロマン「斬れる居合」にこだわる武道でなければなりません。あくまで抜き打ち。そして形のまま。さらに初太刀の一太刀にこだわる。二の太刀はあくまで演武用のおまけです。「斬れる居合」という居合の哲学、宇宙を追及する団体でありたいと思います。
抜き打ち 座技 置き藁 横一文字
巻藁を固定していないところに注目!
NBCスポーツの東京オリンピック特番撮影
全米三大ネットワーク NBCの特番に選抜!の記事をご覧ください
鵬玉会無外流居合 Youtubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UC3AXGRSu5bGNpumH4sMDV5w
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