武道の修行とは「道」という文字がつくように、一生または長い時間を掛けて上達し、その過程で多くの人に出会い、また礼節を学び、人間形成をしていくものではないでしょうか。その道の過程で、例えば「転職」「結婚」「怪我」「子育て」など、多くの人が一度や二度、武道の修行を辞めることを検討する事があると思います。辞めるのは簡単ですが再開するのは大変です。一度、剣道・居合道から離れ、数年後に再開をして現在も続けられている石井 貴和 様にその半生をお伺いしました。
私の居合道稽古
1.剣道の再開
大学を卒業後、就職、結婚、子育てを理由に剣道も居合道にも足が遠くなり、稽古をすることは全く無くなりました。長女が小学校入学と同時に地元の少年剣道部に入部したことが切っ掛けとなり、子供の付き添いで道場に通う内にウズウズしてきて、防具を引っ張り出し、お手伝いを始めました。
頭では動けるはずが体は全く言うことを聞きません。"基本から遣りなおさないとケガをするな!どこかで基本だけの稽古がしたいな"と思っていたところ、毎週、元筑波大教授・剣道部 師範 剣道八段 範士 今井三郎 先生の指導で基本の稽古をしているとお誘いを受け、毎週月曜日の稽古日に通うようになりました。
今井先生から基本打ち、応用技、返し技と、今までとは全く違う観点から実戦的な基本を習うことで、それまで持っていた剣道観がガラリと変わり、今井先生が提唱する「剣道は美しくなければならない、そして強くなければならない」を徹底的に叩き込まれました。1年間というもの基本だけで、地稽古は殆どしなかったのですが、今井先生から年末に六段の審査があるので、全国レベルの審査はどんなものか体験するだけでよいから受審せよ、というお達しで、私は地稽古で殆ど打ち合いをしていないので無理と思いながら申し込みをし、周りからは何処の誰だか知らないが六段に挑戦する者が居る。これはミモノと言われながら受審したところ一発合格で、自分でもビックリです。今井先生の言われる「剣道は美しく、強くなければならない」を本当に実感した瞬間でした。
2.居合道への復帰
剣道七段も殆ど苦労なく拝受できました。高段者となると各大会で模擬刀で剣道形を打たなければなりません。当地区の高段者達が「刀を抜くことはできるが,納刀ができない、石井さんは居合をやっていたと聞いた、剣道形を打って恥をかきたくないので居合道を教えてくれ」と乞われたのが居合道復帰の引き金でした。
当時は、地元の剣道六段以上の者が十数名集まって刀の扱い方に慣れれば良いというレベルで夢想神伝流を教え始めたのですが、稽古を始めると欲が出て、居合道の段位を取得しようということとなり、15年も居合道から離れていたので、現在の居合道の状況を知っておかなければと思い、茨城県剣道連盟居合道部の講習会に参加したのです。
講習会では全日本剣道連盟(以降、全剣連と略) 制定居合の講習会が行われ、私が大学3年の後半に檀崎先生から「今、全剣連で新しい居合を制定している。とりあえず七本制定したので教える」と一応の技を習っていたのですが、講習会での制定居合は当時習った制定居合と全く異なり、講師の先生から「石井さん何年前の制定をしているの?全然違うよ!八本目、九本目、十本目を知らないの?」と呆れられ、泡を食いました。
(※編集者加筆:全剣連制定居合が最初に七本制定されたのが1969年/昭和44年、1980年/昭和55年に三本の技が追加、2000年/平成12年に二本の技が追加されています)
形だけでも覚え、仲間に伝達して1級、初段までは何とかなりましたが、果たしてこれで良いのか?指導しているものが昔取った五段で良いのか?
目標を六段取得に設定して稽古しなおそうと、これといった師匠ももたず、講習会を頼りに制定居合を学び審査に挑戦しましたが結果は初めからわかっていた通り不合格。何とかなる、何とかなると4回受審しましたが結果は同じ。もう居合は諦めようかとも思いました。しばらくすると、逆に燃えてきて絶対昇段して見せると気持ちを固めたところ、4回目の審査を見ていた中学時代の剣道部の先輩、今の師匠、石堂 倭文・居合道範士八段から「そのままでは六段は無理、時間があったら見てあげるから来い」と言って頂き、翌週から稽古に通い始めたのが居合道への本格復帰となりました。
3.形の居合道から理論的な居合道に
現在の師匠 石堂 倭文先生について居合道を学び始めると、すべてが新しい発見、「美しさは強さ」と剣道の師今井三郎先生と全く同じことを示してくれる。
バランスが取れていることは美しい、緩急があるのは美しい、無駄のない斬りは力強いを示して教えてくれ、刀への手掛け一つで抜きが代わる。剣道の構えと同じ、気構え、体構えが位を上げる・・・等々
6回目の審査挑戦で合格。調子に乗って同年に行われた茨城剣連居合道大会に参戦し、県内で全く無名であった私が六段の部で優勝し、全日本居合道大会 大分県の選手に選抜されました。全日本大会では3回戦で優勝者に敗退しましたが、取手の仲間に居合道を教えるにも自信をもって教えることができ、地元での稽古と週1回 師匠の道場での稽古と合わせて剣道の稽古と毎日が稽古の連続でした。各地で行われる大会にも参戦し、とりあえず其れなりの成績を収められるようになりましたが、居合の理合を追求していくと面白くてなりません。
疑問なところは師匠に教えを乞い稽古を重ね、1cmの違いが大きく効果をかえる、居合道のカタチから形への意味が分かるようになりました。七段となり地方の大会で審判も務めるようになると、益々居合道の理解が求められます。素晴らしい演武を目にしたり、疑問点を解消したり、師匠からの教えの通り薄紙を1枚1枚重ねるような稽古が糧となり、さらに上を目指す意欲が湧いてきます。
4.ライフワークへと変化
縁あって2009年に、全日本剣道連盟主催で埼玉県北本市で行われる外国人剣道指導者講習会に参加する者の面倒を見て欲しいと、大使館関係者から依頼を受け北本の講習会終了後1週間程、こちらに滞在させ、剣道と居合道の稽古を一緒にしました。
参加したのはマケドニア共和国の代表者でしたが、剣道、居合道ともに始めたばかりで二段のレベルでした。彼に技術的なことより、私が考える正しい剣道、居合道を理解してもらうことに力点を置き、外国人にありがちな力に頼ることが如何に無駄かを理解させる稽古しました。
マケドニア共和国は2004年ごろまで、セルビア、クロアチア、ボスニア・ヘルツゴビナ、モンテネグロ、アルバニア、コソボと各国が、宗教、民族の対立からユーゴスラビアからの独立戦争があり、ヨーロッパの火薬庫・バルカン半島と言われた地域です。
居合道で一刀のもとに相手を倒す技を稽古しているとは言うモノの、現在の日本では刀を手に、実際に争闘することは99%ありません。しかし彼らは15年前まで実際に銃弾の下をくぐり、命の遣り取りをした経験もあるのです。そんな彼らに実際に命の遣り取りをしたことの無い私が、「それでは相手が斬れない、倒せない」と空論を向けても意味がありません。私はそんな彼らに何を伝えるか?剣道、居合道の「美しさは強さ」を伝えるしかありません。165cmしかない私が2m近い者を相手に、構えたまま体育館の隅まで追い込む。
彼らが思う、抜けるはずのない間合いから刀を抜く・・・と、見た目から剣道、居合道の素晴らしさ、形を踏襲する面白さを伝えるしかありません。
マケドニア剣道・居合道連盟は結成して13年目の2018年、やっと国際剣道連盟の認可を得てIKF(国際剣道連盟)のメンバーにもなりました。2018年 韓国仁川で開催された剣道国際大会にも初出場しました。2017年はマケドニアの首都スコピエ(マザーテレサの生誕地)でヨーロッパを始めアフリカ中近東の各国が集まる大会ヨーロッパ剣道選手権の主幹国として大会を成功させました。2019年もマケドニアから代表1名が選抜され北本の講習会に参加し終了後、私のもとで剣道と居合道の稽古をし、鹿島神宮の武徳殿で伝統的な本格的な道場で稽古させることもできました。今後も年に1度程度、かの地に赴き、強く美しい剣道・居合道を伝えに行きたいものです。
5.私の居合道稽古
退職を迎え、いよいよ剣道、居合道三昧の生活に入れると喜んでいましたが、それに反比例し体力は落ち始め、当然筋力も衰え始めます。剣道では、今まで打てると思った間合いから、打ちが届かなくなったり、居合道では思いもしなかったところでふらついたり。剣道では先をかけるのが最良と考えていたのが、後の先、応じ技が最良と思えるようになりました。居合道では最小限の筋力で技を抜く・・・が最大のテーマになりました。
剣道でも居合道でも年相応の技とはを追求すると、さらに興味がわきます。
剣道では途中20年余り、居合道では15年余り中断していましたが、共に再開の機会に巡り合えて良かったと思っています。
私の場合、剣道でも居合道でも良い師匠に巡り合えたことが、最高の幸せです。毎晩のように剣道、居合道と稽古に出かけるのも家人の理解と協力があってのこと。
私は剣道、居合道共に特別なことをしているとは思っていません。
他の方がゴルフを楽しんだり、囲碁・将棋を楽しんだりするのと全く同じだと思っています。
剣の修行、心の鍛錬を目的として稽古されている方も多いと思いますが、私は大上段に構えることなく、ただただ、剣道や居合道の稽古が楽しいのです。面白いから復帰して良かった。この一言につきます。
お陰様で、当地で剣道や居合道の稽古をしたいという方々が自然と集まって稽古するようになりました。集まった皆さんより多少経験があるので、稽古のお手伝いをさせてもらっていますが、大学生や家庭の主婦、定年退職された方と集まってくる方々はバラエティーに富んでいます。審査や試合では参戦したり応援に回ったりで、世代を超えてお互いに心を許して付き合える関係ができています。若い頃、剣道や居合道を稽古して、訳あって中断していたが再開したいと思っている方々、まず、1歩を踏み出しましょう!昔取った杵柄は必ず生きてきます。自信をもって復帰してください。
関連リンク
寺原剣友会 紹介ページ
茨城県剣道連盟 取手地域・居合道部のFacebookグループページ
※記事の内容は、寄稿頂きました石井 貴和 様の文章であり、居合道 道場案内所としての意見ではございません。