居合道 道場案内所 


「思い立ったが吉日」ということわざがありますが、「思い立ってから一年してが吉日」という方はあまり居ないかもしれません。「これだ!」と直感的に感じたにも関わらず、少し時間を空けて、自分なりに調べて、本当に自分がやりたいことなのか、ということを自問自答した上で入門されたという今回の著者は、師から厚い信頼を置かれ、1つの支部を任されるまでに成長しました。大学では法学部という武道とは関係ない専門分野を専攻しながらも武道と共に生きるという道を選んだ碧燕会へきえんかい山下 真一やました しんいち 様に、お話を伺いしました。




私にとっての新陰流兵法とは


ー 碧燕会 山下 真一やました しんいち


1.修行そのものが人生


山下真一 氏私にとって新陰流とは何かと言えば、修行そのものが生活の中心である、ということです。毎日の習慣として刀や流祖考案のしない(または袋竹刀ふくろしないとも呼ぶ)で稽古に励むことで、生活の一部として完全に自然な存在ということです。

剣の修練に励むことが自分自身の喜びであり、また稽古を通じて発見する術理の学びこそ何よりも素晴らしい感激の瞬間でもあります。その時々の初心を忘れない精神を培うことが新たに自身を成長させてくれると感じます。まさに私にとって新陰流とは、人生の根幹です。

この流儀への真剣な向き合い方を教えてくれたのが私の師である横田 正和よこた まさかず先生です。師は幼少の頃から警察剣道の道場で剣道を学び、さらに自身の求める兵法を探し様々な流儀を修めたのち新陰流との出会いを果たしました。好機にも新陰流兵法 第二十二世 渡辺 忠成わたなべ ただしげ先生から直接の指導を受けることができた師は類まれな才覚と努力によって僅か数年にて皆伝かいでんとなりました。そして新陰流兵法転会 大田支部長、伊賀支部長を歴任したのち独立し、2019(平成31)年1月に新陰流兵法 碧燕会へきえんかいを発足させました。

現在、三重県伊賀市の本部道場と愛知県名古屋市の名古屋支部、三重県名張市の名張支部の三か所にて指導しながら自身も日々稽古に励んでおります。流儀一筋に人生を傾注する姿は私の人生の範たるものと思っております

2.一年越しの入門


学生時代は自分の求める真の武術を探し求めておりました。大学時代の専攻は法学部でしたが、ゼミでは国防や国際関係の研究をしており、古代戦史から第二次世界大戦や現代戦における戦略や戦術は、研究の大きな要素でもありました。哲学的に完成していて、尚且つ、技術としても完成された古流武術を探し求め、諸流を見ましたが、当時私が心から傾倒できると感じる流儀には出会えませんでした。

そんな中で新陰流との出会いは運命であったと感じます。
東京から農業をする為に三重県伊賀市に移住してきた師の横田先生は、新陰流兵法転会 伊賀支部を立ち上げられました。偶然にも私は仕事の関係でその稽古を拝見できる機会に恵まれ、はじめて見学した瞬間に理詰めでありながら御流儀ごりゅうぎたる品格を感じる勢法せいほうを見て「これだ!」と直感的に感じたのでした。

しかしそこから正式な入門は約1年後となります。これには2つの理由があります。

もし入門するならば人生を賭けて励める流儀であることが、私にとって一番重要なことでした。そのために自分の気持ちが一度落ち着かせてることが必要と考えました。

また横田先生からも「よく考えて始める事、入門しても1カ月間は仮入会で納得して続けられるようなら正式に入会してください」とも言われました。

私なりに研究と熟考を重ね、1年後に横田先生に連絡をすると「思い立ったが吉日、明日の稽古に是非来てください」と快く受け入れてくれました。この師の言葉が今でも私の心に残っています。

偶然にもその日は、流祖の御子孫 上泉 貴世かみいずみ たかよ様が伊賀支部の稽古を拝見されている貴重な日でした。横田先生と上泉様から、新陰流について、約五百年の歴史などの貴重なお話を聞かせていただき、技術の高さだけでなく崇高すうこう哲理てつりを知り、流儀への思いは確信となり入門を決意しました。この御二方との出会いは、まさに私の運命的な出会いだと確信しています。

横田正和 氏
横田正和 師匠


3.新陰流の醍醐味


新陰流の諸先輩方や新たに新陰流を始めた人から「初めて習う取り上げ使いの段階で苦戦した」「小転こまろばし天狗抄てんぐしょうの稽古を難解に感じた」等と言うことを耳にします。私が考えるその理由の一つは、現代人的な発想である受験勉強の成長曲線的な成長、あるいはダニング=クルーガー理論(能力の低い人は自分の能力を過大評価する、という認知バイアスについての仮説)的な、いわゆる自己評価が下がりきったところから努力の積み重ねの先に成長が進む期待を多くの人は持つ傾向があるからでしょう。同時に現代人は無意識に他人と比較しすぎることも成長の阻害となるものです。

新陰流の修行とはこれらの考えとは全く異なります。「三磨の位さんまのくらい」という「習い→稽古→工夫」という不変の順序を日々練り上げることが肝要かんようであり、その先に突如として禅的なひらめきの如く、大きく理解が進むものです。

この三磨さんまの順序は不変であり、この教えは第三世 柳生兵庫助利厳やぎゅうひょうごのすけとしとし 先師の伝書に記されています。戦国時代から江戸時代に至った当時の世相、門人の変化を強く感じさせます。この三磨さんまの重要性は現代においても変わりません。私は早い段階でこの原理原則に気がついたことが今でも有り難かったと実感します。この過程で得られた外観に表れない成長こそが、新陰流の醍醐味でもあります。

この三磨さんまの重要性は万人に理解されるものではありません。
「山下さんの稽古は全然進んで無いように見えますね」「努力しても新陰流の技術なんて平和な現代で使うことなど無いですよね」等と批評ひひょうされることもありますが、むしろそれを大きな原動力に感じて稽古に励めば必ず結実するものです。突如として訪れる大きな成長を実感できた時、歴代先師の教えに何度も涙が出る思いで感謝と感激を実感します。

約五百年の歴史で実戦での実用性と高次元にバランスした高い哲学性が共存している術理の理解には五常(じんれいしんのいずれも欠くことはできず、また同時に禅的な弾力性をもった柔軟な理解力がないと備わらないものである裏付けともいえます。これは古より『兵法を励むは仁義礼智にて信より出でる妙と知るべし』と新陰流の兵法歌にも語られるものであります。

4.永遠なる修行


緻密ちみつに計算された伝習でんしゅうの過程、伝わるカタ、その全てが新陰流の魅力と面白さの一つといえます。

現代人的な発想では難解に感じる点や差異があることは先述の通りですが、伝統的に一定の伝位の人にのみ話せる内容や話せない内容、演武においてすら意図的に見せ方を変えているものや、稽古において門人を試験しふるいにかける仕組みをも内包する伝習過程そのものが証拠でもあります。

それは歴代先師たちが、術理の価値を誠の宝と信じて伝承してきたことの表れです。稽古を通じて勢法の中から、込められた意思やメッセージを汲み取り発見する度に、大きな喜びを感じます。果てしない修行をつづけることこそが私にとっての喜びであり、ひたすらに新陰流を続けていくことに生きがいを感じるものです。

目録や皆伝は私にとって一つの通過点であり、そしてスタートラインだと考えています。
永遠なる修行の先に終わりは無いものです。慢心こそが敵であり、目の前の自分が成すべきことをひたすらに打ち込む、そして同時に自分が学んだものをまた次世代に伝承することへの意義を実感します。

この姿勢を生涯崩すことなく、これからも修行に励みたいと思います。

山下氏による指導風景
山下氏による指導風景


山下氏による指導風景
山下氏による指導風景




新陰流兵法 碧燕会の道場紹介ページ

新陰流兵法 碧燕会 公式サイト



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