居合道 道場案内所 



武道とは全く縁のない人生から居合に出会い早10年。医療従事者として多くの人の生死に関わってきた著者が実体のない仮想の敵を相手にする居合道を通じて何を得たのか。今回は伯龍館 師範代 藤井美保 様に「私にとっての居合道」をお伺いしました。



現代っ子と居合道


− 伯龍館 藤井 美保ふじい みほ



1.居合道との出会い



私が、居合道を知ったのは、30歳になった頃でした。

ひとりっ子で何でも思い通りになってきた学生時代を過ごし、大人になってからはどこにでもいるような社会人になりました。

私は21歳で医療従事者となり、病院や老人施設に勤めてきました。いろんな人の人生を見つめ、その中には元気になって卒業していく方もいれば、助からない方もいました。

医療従事者は、どうして助からないんだろうと思うと、次の患者さんに進めなくなります。

私は心身がそんなに強い方ではなかったので、クヨクヨ悩むことなんてしょっちゅうでした。いわゆる、打たれ弱いタイプなのでしょう。毎日をなんとなく過ごし、とくに目標もなく、やりたいこともないといった日々でした。

私は特に武道に詳しいわけでもなかったし、興味があるわけでもありませんでした。けれど、同じような生活を続けていてこれでは駄目だ。強くなろう。強くなるなら武道だ。そんな凄く単純な理由から、インターネットで「武道 大阪」と検索しました。剣道、柔道、合気道、少林寺拳法…いろんな武道があるんだなぁと初めて知りました。

けれど、ふと考えました。投げ飛ばされたり斬られたりして自分が怪我をしたら、自分はともかく担当している患者さんに迷惑がかかるかもしれない。武道を習うことを諦めようとした時、居合道というキーワードを見つけました。仮想敵、いわゆる相手のいない武道があるということで興味を持ち「居合道 大阪」に検索を変え、通える距離の道場を探してみることにしました。

居合道ってなんだろう。日本刀なんて、ドラマや映画でしか見た事がありません。一体どうやって稽古をするのだろうと思いました。

「ちょっと道場に見学行ってくるわ。」と両親に伝えると、両親はびっくり。母親は「あなたは女の子でしょ!習うなら、お茶かお花にしなさい。」と言われましたが、父親は「長い人生の中で、歳をとっても続けられる趣味は良いもんだ。それに武道は心身が強くなる。お前にはちょうど良い。」と背中を押してくれました。

30代で新しいことを始めるには、なかなか勇気が要ります。見学に行ったら、年上の男性だらけの道場でした。その中で、今の師匠である無双直伝英信流の清水 伯龍しみず はくりゅう先生に出会いました。

2.現代っ子と居合道


清水 伯龍による指導の様子父親くらいの年齢の男性で、とても緊張したことを覚えています。居合刀といって、切れない刀を触らせていただきました。畑仕事のように刀を振る私に、まだ入門していないにも関わらず本当に丁寧に教えてくださいました。

その時に聞いて1番面白かったのが、刀を横から見るとどれくらいの長さか相手にバレてしまう。相手に長さが知られると、間合いがわかってしまう。だから、刀というのは相手に向かって抜いていくのだという内容でした。

日本刀の世界を全く知らなかった私でも、その日の見学は引き込まれるような経験でした。
居合道って面白いなと思いました。

どこにでもいるような女の子が、日本刀を使って武道をする。なんて非日常生活なのだろうと気分が上がり、すぐに入門することにしました。それから毎週定期的に稽古に行くようになりました。
習い始めの頃は、居合刀を肩に背負って電車に乗っている自分が格好良いと思いました。なんだか強くなった気持ちになりました。

稽古では、いかに姿勢を保ち正中線を守れるか、その中での力強い抜きつけや斬り下ろし、目付け、仮想敵が本当に見えているか、血振りの角度、そして残心の大切さを教えていただきました。

最初は無知で絶望的な運動センスでしたがご指導頂いた結果、様々な大会で優勝するまでに成長しました。

清水 伯龍しみず はくりゅう先生は刀の位置や残心ざんしんを大切にする考えが強く、粘り強く豪快な居合が特徴です。
そして先生の指導は、厳しくも温かく、どうしてそういう形になるのかという「理合い」をしっかり教えてくださいます。単なる習い事だったら既に飽きていたかもしれませんが、師の人となりも含めてこの人の居合を継ぎたくて、私はついていく決意をしました。

現代っ子は、仕事傍ら道場に通います。仕事が上手くいかない時、忙しい時、イライラしている時、そんな時は稽古結果に表れます。私は特に心身不安定で、よく体調を崩していました。

清水先生はある日、このように仰いました。「武道というひとつの修行を通じて心身を鍛え己を認め自信を持つことが、自身が教わった武道だ」と。そう教えてくださいました。
きつい、辛い、しんどい、痛い、誰にでもそういう時はあると。それは武道に限ったことではなくて社会生活においてもそういうことは必ずふりかかってくる。けれど稽古をして乗り越えて振り返ると、なんだあんなに小さなことだったのかと思えることが、武道の醍醐味なのだと教えてくださいました。

私は、武道をやっている人って強いのだなと思っていました。けれど、本当は逆だったのですね。弱いからこそそれを補うために武道を続けている。そんな人の方が大半なのです。

刀は凶器ですが、それを振ることで誰かを傷つけ萎縮させることではありません。相手が向かってくる前に、その意欲を制することができる気力・気迫・気位を持てるよう修行することが必要です。そして刀で斬るのは、相手ではなく弱い自分です。私は入門した時から仮想敵って何だろうと思っていましたが、それはもしかしたら弱い自分が襲ってきているのではと思います。自分に勝てない人は、他人に優しくなれません。辛い時、寂しい時、理不尽な時、迷いが出る時、人生にはいろんな事がありますが、乗り越えることが本当の強さだと思いました。

藤井美保 氏による指導の様子
藤井美保 氏による指導の様子


私は、清水 伯龍しみず はくりゅう先生に出会えて良かったと思いました。そして居合道を習うにつれ、私は自分に対して自信がつくようになりました。筋力や体力がついて目立った病気もしなくなったし、仕事も主任クラスに昇格しました。周囲への配慮ができるようになったと知り合いや職場から言われるようになったことが、なにより大きな変化でした。

師と共に歳を重ね、私も40代に突入しましたが今でも稽古は続いています。肩に背負うのは居合刀から御身(真剣のこと)に変わり、今では師範代をさせていただいております。そして私の後にも新たなお弟子さんが入門し、同じように興味を持たれた方と毎週稽古をしています。

武道の中でも居合道は、認知度が低く人口減少が懸念されています。確かに現代の趣味としてはなかなか渋いものかと思いますが、古き教えや考え方を大切にすることは、いつの時代になっても大切な事だと思います。

私は未だに難しいことはわかりません。けれど、私は清水 伯龍しみず はくりゅう先生が教えてくださった居合道の技術や意志を継承したいと思っています。


(左)清水伯龍先生(右)著者の藤井美保 氏
(左)清水伯龍先生(右)著者の藤井美保 氏



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