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2026.08 更新
武蔵円明流は、宮本武蔵政名が創流し、鳥取藩(現在の鳥取県)で伝えられた剣術の流派。その武蔵円明流 十五世宗家師範に「現代において、剣の道を修行することの意義」について執筆をしていただきました。

圓明剣 剣の道を修業する

ー 武蔵円明流 十五世宗家師範 荒川公延 著

1.圓明剣えんめいけんの意義

当流(江戸時代は、武蔵圓明流むさしえんめいりゅうと云いう)の剣術秘傳書けんじゅつひでんしょより 聞く 他流に相撃あいげき(相打)を不思議剣ふしぎけんと云う外伝そとでんあるなり。相撃あいげきに似ているが、そうでない。当流相撃あいげきの技は、試合前しあいまえ技術鍛錬ぎじゅつたんれんしたる上で皆々みなみな見破して真の一刀をなすを当流圓明剣えんめいけんと云う。他流にては、神明剣しんみょうけん、不思議剣ふしぎけん、無量剣むりょうけんと云う。皆無思無量むしむりょうの一刀故ゆえに名を附つけ難がたしく神に〆しめ。当流に圓明えんめい無二剣むにけんと云い、真無妙しんむみょう圓明剣えんめいけんという。当流の技は、高上こうじょう無限むげんで即すなわち此この上もない、限りもない。剣術者の心身の力が良い事なり。

2.宮本武蔵みやもとむさしの精神せいしんと技巧ぎこうを学ぶ

武蔵守流むさしのかみりゅうは、二刀にとうと云いう剣術の開祖かいそなり。他流にも二刀にとう有れも真の二刀たる事を不知ふち。武蔵守むさしのかみは、日本にほん日下ひのもとの開山かいざん剣術の教法きょうほう至いたって委敷くわしく事こと他ほかにに勝まされたり。其上このうえ岡本映方に至して猶なお又また教法きょうほう細密さいみつなり。 当流二刀にとうは、極秘の立てものなり。通称の二刀にとうあり、真の二刀にとう(別称の二刀にとう)あり。 通称の二刀にとうは、上中下の二刀にとうあり、左右の二刀にとうあり、剣の二刀にとうあり。真しんの二刀にとうは、中段ちゅうだん以上いじょう九段くだんに至いたるまで真しんの二刀にとうなり。是これを胎陽剣たいようけん、陰胎剣いんたいけんと唱いう。胎たいは、未顕みけんの胎たいなり。所謂いわゆる胎は、先天せんてんの胎にして先の一刀なり。 陰體剣いんたいけんは、後天こうてんの一刀にして後の先なり。以上是これを真の二刀と云う皆陰陽みないんようの微兆びちょうたるを以て傳でんとす。敵に少しも不顕ふけんを以もって真の二刀なり。先の先は、陽ようなるを以もって先せんんす。後の先ごのせんは、陰いんなるを以もって後ごとす。

精神は、若い宮本武蔵みやもとむさし玄信げんしんが著した円明流兵法えんめいりゅうへいほうの「兵道鏡へいどうきょう」と晩年の「五輪書ごりんのしょ」両書の必要な項目を学び実施します。

3.武蔵圓明流むさしえんめいりゅうの修業(何を求めて鍛錬するのか)

当流は、剣術・居合術の修業による過程で各自の成長欲求の超越的な自己実現欲求(至高体験を経験したい)に挑戦します。
上図は、剣撃けんげき名所図めいしょず 即すなわち剣を打ち合う三箇所あり。尺しゃくは、鍔本つばもとより30.3?。五寸ごすんは、15.15?。詰つまりは、鍔本つばもと。 当流は、相刀あいとう(相刃)する箇所を数値で決めております。江戸時代から、剣術の品質管理をしております。又絵文字も秘傳書ひでんしょにあり。相刀の良い品質が、良い相撃あいげきになります。

武蔵円明流は、秘して陰流かげりゅうと云う。陰流かげりゅうとは、陰胎剣いんたいけんを表にして躰陽剣たいようけんを含めて居いる兵法へいほうなり。

当流の三刀は、相気あいき、相刀あいとう、相撃あいげきがあります。

相気あいきとは、我われ敵てきの立会たちあう処ところを云いうなり。此これより相刀あいとうに至いたるまで龍りゅう潜もぐりて淵ふちにある陰躰剣いんたいけんなり。相刀あいとうとは、我われ敵てきの我われ敵てき太刀たちを打合うちあわす処ところを云いうなり。相撃あいげきとは、敵てきを既に打つなり。 相気あいきの処で大切な事は、死位しいである。死位しいとは、死しを訳やくす百度ひゃくど死しするなり。死しを決めなければ術わざも不調ふちょう故ゆえに、平生へいぜい死位しいを以もって定さだむなり。発照とは、死位しいある故に術たくましく敢えて当たり日光に向かうが如ごとし。然されも敵てきに威形いけいを不現陰々ふげんいんいんとして無形むけいなり。 此処このところよりして即そくに敵てきに勝かつ先せんの位くらい、一いちの先せん是これなり。 未戦みせんして即そくに勝かつつもの是これなり。 二にの先せん、三さんの先せんにして、即そくに百度ひゃくど戦たたかいて百度ひゃくど勝かつもの是これなり。当流は、剣気身合一けんきみごういつ、是これ 真しんの一刀いっとうなる処ところにして、剣術全勝けんじゅつぜんしょうの要用ようようなり。修業すれば勝負身しょうぶしんをつけることが出来る。勝負身しょうぶしんとは、勝ち負けを決断して、未然みぜんをなさざることなり。

4.侍の世でない現代、剣術・居合術を修錬する事はどう云う事か

当流の剣術秘傳書けんじゅつひでんしょより 問 居合と云いって太刀たちだけを抜く稽古することは、昔はなかった事と聞く。今その事の用途である戦場がないのになぜ。 わけは、太刀たちを抜く事は、不習ふしゅうの幼児ようじも知しる所ところなり。昔は、戦場せんじょう一日も時間の隙間なく、稽古できず自然と見馴習みならふ事ことなり。今時いまどきに治平じへいの世に、太刀たち抜ぬく事なき故ゆえに、気がついた剣術者少し利用を考えて、作意さくいしたる事、後々のちのち潤色じゅんしょくして一家いっかの専門となりて教える。抜刀ばっとうの大意たいいは、抜きにて何いずれも格別かくべつの品ひんは無なきなり。是ぜは、抜き出すまでの所作しょさなり、其後そのごは、剣術なり。

江戸時代の居合が、わかります。肝要かんようとする処ところは、太刀たちの鞘さやを引き出すを要ようする事です。 武士道の美学・死生観しせいかん、心得こころえ、日本精神が、学べる機会があり。現代でも思想として江戸時代天下太平の武士道あり。明治時代の新渡戸稲造にとべ いなぞうの武士道あり。武士の礼法、その真髄しんずいと実践じっせん(男の隠れ家:監修 石川真理子)より武士から学ぶ礼法基本、学ぶコミュニケーション、学ぶビジネスマナー、などが現代社会生活で役に立ちます。

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武蔵円明流の歴史 概要 武蔵円明流会の紹介 武蔵円明流会 紹介ページ 本記事に関するご意見やお問い合わせは、武蔵円明流会 様に直接ご連絡ください。 ※記事の内容は、寄稿頂きました荒川公延 様の文章であり、居合道 道場案内所としての意見ではございません。