居合道 道場案内所 



男性が多い武道界ですが、活躍されている女性の方も多く居ます。母として、武道家として、武道に惚れた一人の女性がどのように幾多の場面を乗り越えてきたのか。

今回は新陰流春日井会・岩倉会で指導をされている木ノ本 みゆききのもと みゆき 様に「居合とは何か」「剣の道とは何か」をお伺いしました。

なお今回は、二本立て企画です。同会で同じく指導されている 松岡 良高 様にも同じテーマでお伺いしました。併せてお読みください。

寄稿コラム:(前編)心で抜く居合とは何か




私にとって剣の道とは


ー 新陰流岩倉会 木ノ本 みゆき 著


1.師との出会い


木ノ本 みゆき 氏師との出会いが私の人生を導いてくださった。
高校の部活動で剣道を選択した私は、外部指導に来られていた先生から岩倉市剣道連盟を紹介して頂いた。そこで出会ったのが、生涯の師となる居合道教士八段 松岡 良高まつおか よしたか先生である。学校と道場で剣道を稽古し、大学一年の19歳から居合道も始めた。動機は各地への旅行気分とグルメの旅・・という不純なものであったが、子どもの頃に読んだ「ジャンヌダルク」の本が忘れられなかったのと、「式女しきめ」という女性の武士にも憧れがあったのかもしれない。

2.剣道と居合道と家族


幾つかの人生の岐路にも剣道と居合道を無くすことはなかった。結婚、出産、怪我、病気など何度も壁にはぶつかったが、その度に師に励まされて導いて頂いて乗り越えてきたのだと思う。
今振り返ってみても自分が続けてこられたことに驚いている。

私の母は自分で始めたことを途中で投げ出すことを許さない厳しい母でしたから、何にでも挑戦をさせてはくれたが嫌になっても、止めるには小さな目標でもいいから到達しないと許してはもらえなかった。勿論、励まして応援協力もしてくれた。

私が現在まで居合道を続けてこられたのは家族の協力なしではありえなかった。夫は私の妊娠中に居合道を始め、四段まで頂いたが会社の移転で稽古に通えなくなり、ちょうどいい具合にと「夜の子育て」に徹してくれた。夫が子どもを風呂に入れ、寝かしつけるまでをしてくれたので、夕食を食べさせたら道場へ行けるようになった。離乳食を冷凍して大会にも参加した。

子ども達には寂しい思いをさせたと思う。お母さんは夜はいない。土・日は試合でいない。ゴールデンウィークも夜寝る頃に帰ってきて朝起きたらもういない・・・。
「子育て、妻、仕事」が いつも頭から離れず挫けそうにもなった。私は、何を求めて始め、何を支えに、目標は何か?と考えた時、「木ノ本みゆき」で居られることだと気づいた。「木ノ本さんの奥さん」「〇〇ちゃんのママ」「お母さん」と呼ばれることが多くなり名前も忘れられていくのか・・と寂しい思いだった。しかし武道の世界で剣士としてはフルネームで呼ばれるので、自分自身というものをしっかりと持つことができた。

3.母としての私


私の子育て理論は、諦めないで頑張る姿を子どもに見せていくことだと勝手に決めた。母であり、妻であり、剣士でもある私の背中を見ていて欲しいと頑張った。それでも母として子にしてやれなかった事があって申し訳なさと反省は残る。
下の娘が小学2年生の頃、日曜日の夜、方眼ノートを使い切ってなくなってしまったという。コンビ二はなく、店は閉まっている。すると長男が「バカだなぁお前、うちのお母さんは井戸端会議ができるようなお母さんじゃないんだから、なくなる一週間前に言わなきゃダメだぞ。お兄ちゃんもこうやって作ったんだらと妹に言って定規で方眼を書いてあげていた。その時ほどショックで辛かったことはなかった。

「そんな思いをさせていたのか」という申し訳なさもあったが、外で井戸端会議をしているお母さんたちとは違う、というプライドを持っていてくれたことを嬉しく感じた。
周りの人は子どもをほったらかして稽古にばかり行っていると思ったかもしれない。よその人に理解されなくても構わないが、子どもはそれを分かってくれていた。子どもなりにサポートしてくれた部分もあるし、留守番で寂しかったこともあったと思う。そう思うと本当に2人には感謝しかない。

出産と育児で稽古を休んでいるときも、人を愛するとか慈しむとか、情けをかけるとか、私の中では子育てをしたことで生まれたそういう気持ちが、居合道に活かす一番いい経験だったと思っている。子どもと過ごす時間の中で私は居合の気持ちを作っていたのだと、子育てをしながらの稽古時間だったとも思う。まさに「子育て」が私の「剣の道」を作ってくれたのだと思う。
今は、子どもたちも結婚し独立しているので、それはそれで今度は私が寂しい時でもある。

4.女性指導者としての私


ヨーロッパでの指導の様子1999年より石堂 倭文いしどう しずふみ範士のグループに加わり、師と共に毎年、海外での指導も勉強させてもらって22年になる。目から鱗のことばかりで「人から学ぶ」という姿勢は逆に外国人から教わった気がする。
英語を勉強してジェスチャーを交えながらの指導稽古は、自分が生き生きとしていることを気付かせてくれた。どんどん吸収してくれるのが嬉しかった。ヨーロッパにも新陰流の生徒が増えて、フランス、オランダ、スペイン、イギリス、ギリシャ、ドイツの若者が日本の伝統を学んでいる。
自分もしっかりと稽古して進化しないと海外では通用しないことが分かるから。

そして2018年からは、ヨーロッパの女性セミナーに招聘されて一人での渡航が始まった。古流の流派は関係なく基本動作と全剣連居合の指導、着付けなど日本の文化にも触れた。
イタリアから始まり、2年交代でヨーロッパの国々を周ることとなる。3回目の今年は2月にベルギーで行われ、各国から120名を超える女性剣士が集まってくれた。(帰国してすぐに、ヨーロッパにもコロナウイルスが感染拡大し、成田空港に到着した直後、日本では学校が休校となり驚いた)
しばらくは、コロナウイルス感染拡大防止を優先して、活動も自粛中である。

講習会の様子
ヨーロッパ 女性セミナーの様子


ベルギー講習会での集合写真
ベルギー講習会での集合写真


5.私にとっての剣の道とは


木ノ本みゆき 氏私は、今は亡き母の教えを守り、何も投げ出すことはなく「この道」を41年間歩んでこれた。動機は不純であったかもしれないが、今、分かることは・・家族がいて、恩師がいて、仲間がいて、ライバルがいて、私の「剣の道」が作られてきたということ。師を信じて歩んできた「この道」に生きがいと感謝を忘れてはいけない。
そしてこれからは、この道に覚悟と責任を持ってお世話になった方々への恩返しとして、後に続いてくれる人々へ伝達していくことが使命だと思う。
居合道に男性、女性の区別などないが、まずは女性として、女性だから分かること、女性にしかできないこと、女性だから感じたことを伝えていくことが、これからも私が歩み続ける「剣の道」であると思う。

座右の銘・・「昨日の我に今日は勝つ」 柳生宗厳(やぎゅうむねよし)



関連リンク


新陰流岩倉会 紹介ページ




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